壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

4/9〜10 日記 山川直人原画展と喫茶店巡り

 先週末に東京を訪れた大きな目的は、山川直人さんの原画展を見に行き、あわよくばイラストを購入することであった。

 以前下北沢の「ギャラリー無寸草とづづ」で初めて山川さんの原画を見て深い感銘を受け、そこから全ての作品を手元に集めるに至ったのだが、購入可能なイラストも展示されていることをその時知った。あの日は原画に圧倒され、初めてお会いした山川さんとお話しできたことでキャパオーバーであったし、なおかつ手持ちも心許なかったため購入は叶わなかった。ただ、いつの日か山川さんの絵を我が家に迎えたいと常々思っていたため、今回の原画展は私にとって大きなチャンスだった。

 開催場所である「平井の本棚」のTwitterで会場の写真を見ると、どうやら「はなうたレコード」の単行本中に下書きで描かれていた挿絵が展示されているらしいことが分かった。初めて読んだ山川さんの作品であり、なんとしてもこの絵を家に飾りたい。

 ただ、そのイラストが原画と同じ壁に展示されていることが気がかりだった。山川さんのイラストが欲しいと思う人はおそらく初日に行くだろう。そうなった場合、皆がイラストを選ぶ中ではゆっくり原画を見ることができないかもしれない。かといって2日目に行ったとしても、イラストは既に売れてしまっているのではないか。どうすべきか悩んでいた時、妻に「初日はイラストのために並んで、次の日にゆっくり原画を見ればいいのでは」と言われ目から鱗だった。どちらか一日、と勝手に決めてしまっており、私の思考がいかに硬直しているか改めて思い知らされた。

 山川さんの原画展に行くのだから、喫茶店巡りをすべきなのは自明の理である。平井は行ったことがなかったため、駅周辺の地図を確認し喫茶店を探した。この時に店の評価値などを見てしまうとその情報に引っ張られてしまうため、大まかな位置関係だけ確認し、当日目に入ったお店に行くことに決めた。

 4/9、整理券配布の1時間半程前に平井駅に到着。平井の本棚は駅前すぐだったが、既に5人程並んでおり、私の後にもすぐ列ができた。やはり初日に来て正解だったようだ。1時間程列を作り整理券を貰った後は、駅北口方面の喫茶店を散策した。

 この日は、「コーヒーもう一杯」を想起させる店名の、昔からやっているであろう佇まいのお店に決めた。ちょうど一人席が空いていたため、すぐ入店することができた。

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 コーヒーの良し悪しが分かる訳ではないが、ホッとするおいしさだった。少なくともこの日、このコーヒーを口にした瞬間だけ幸せを感じることができた。サンドイッチも可愛らしく、すぐ完食してしまった。テーブルに何もない状態でお店に居座る根性がなく、何よりもう一杯飲みたかったのでおかわりすることにした。お腹は膨れていたが、甘いものも口にしたかったためバナナセーキも注文した。バナナセーキの上にアイスが乗っており嬉しかった。

 満足した状態で、開場時間前に平井の本棚に戻る。密状態を防ぐため整理番号順に案内されるのだが、皆どことなくピリピリした様子だった。私も緊張し始め、また原画という芸術を前にして、我先にとイラストを買い求めようとする自分は間違っているのではないか、と今更な自問自答を始めてしまい、みるみる気持ちが落ちていった。運良く気に入ったイラストを購入することが出来たが、欲望に負けた後ろめたさは残る。

 予想通り原画は見れそうになかったため、同時開催の古本市を軽く眺める。その中にレコード箱が一つあり、中を覗くとサニーデイサービスの「MUGEN」と目が合ってしまった。最近の相場よりは安いがある程度値が張り、なおかつ既に2枚持っているにも関わらず購入してしまった。物欲に2連敗した私は足早に平井を後にした。

 その後、鬱症状改善のきっかけとして期待していたライブを十分楽しむことができず、失意の内にホテルに戻った。全てを解決するような魔法などないのだが、そのあるはずない魔法にすがって生きてきた1年であったため、落胆は大きかった。ずっとこのままなのか、とベッドの上で悶々としていたが、コーヒーが美味しかったことをふと思い出した。楽しめることを全くなくしてしまった訳ではない。明日はまた別の喫茶店に行って、山川さんの原画を見ることに集中しよう。そう思い直して、寝つきは悪かったが何とか目を閉じた。

 翌朝、ホテル近くの喫茶店に入った。開店すぐでまだ他に客がおらず、また女性店員だけであったためカウンターに座ると気持ち悪がられてしまうのではという妄想に囚われ、壁側の席に座る。

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 ブレンドが2種類あり、深煎りを注文。これがとても美味しかった。この後中煎りも注文したが、自分が酸味より苦味の方が好きであると初めて自覚することができた。立ち寄った本屋で買った新書を読みながら、ゆったりとした時間を過ごせた。鶏が先か卵が先か分からないが、鬱になってからスマホを触る時間が異常に長くなってしまった。何の目的もなく、また精神に良い影響を与えないことが分かっているにも関わらず仕事中以外は手放せない状態だったので、スマホに触らない時間が作れたのも良かったのかもしれない。

 気持ちが少し晴れた状態で平井に向かった。この日も開場すぐは古本市のお客も含めて人が多かったが、何とか展示を見ることができた。棚の木目だったり、それぞれの猫の表情だったり、背景のかけあみだったり、大きい原画で細部まで見ることが出来るのは本当にありがたい。原稿に書き込まれた無数の線を一本一本ゆっくりと、心ゆくまで眺めた。ネームの字もとても丁寧で、一枚の原稿に費やされた時間や、山川さんがずっとこの作業を続けてきたことに想いを馳せる。結局1時間半程、同じ絵を繰り返し繰り返し鑑賞した。私が購入できたイラストも、何度見返しても暖かくて愛おしい。やはり買えてよかった、と改めて感じた。

 会場で「夜更かしの愉しみ」を購入し、在廊されていた山川さんにサインをいただく。相変わらずたどたどしくしか話せなかったが、好きな人を前にハキハキ話せたことなど人生で一度もない、とこの日は開き直り、あまり落ち込まなかった。

 帰る前にもう一軒喫茶店に行きかったが、流石にコーヒーの飲み過ぎで胃の状態が万全とは言い難い。ただ解放感から気が大きくなっており、駅前の居酒屋チェーン店に入る。コロナ禍が始まってから、外で酒を飲むのは初めて。流石に15時前に店内が混んでいる訳もなく、カウンターでつくねのタレや大根のおでんなど、しばし昼呑みを楽しんだ。

 16時前に店を出た。外は晴れやかで、何の不安も存在しないように穏やかだった。私は酷い花粉症なのでコロナ関係なくこの時期マスク必須なのだが、そんなことは気にせずマスクを外し、大きく深呼吸した。街が体に入って来るような、体が街に溶けていくような気分。私は間違いなく酔っていた。この状態で電車に乗るわけにもいかず、街を散策することにした。

 深呼吸の直後から、当然ではあるがくしゃみが止まらなくなる。その刺激に端を発して、腹痛を感じ始めた。胃が不調な上に酒を入れたのだから、それも当然である。無目的に歩いていたが、近くに喫茶店があったことを思い出す。トイレを借りるためそこに向かうことにした。このような状態が山川さんの漫画でもあったなと苦笑する。最近、腹痛を感じてからゲームセットまでの時間が明らかに短くなっている。私に残された時間はそう長くなかった。

 同じ道を行ったり来たり、冷や汗をかきながらようやく小さな看板を見つけた。店主は若い男性。カウンターに座り、ブラジルの深煎りを注文し、足早にお手洗いを借り、事なきを得た。

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 お腹はかなり膨れていたが、コーヒーと水を交互に一口ずつ、ゆっくりと美味しくいただけた。おしゃれな店内であるが、近所に住んでいるであろう年配の方も見受けられ、地域に溶け込んでいる店であることがうかがえた。

 店主がコーヒーを淹れる姿をカウンター越しに眺める。沸いたお湯を温度計が刺さったポットに移す。最初に少しだけお湯を注ぎ、その後は円を描くようにゆっくりと。豆が膨らみ、中心に白い泡、その外周を泡と豆が混ざった薄茶色、さらにその周りを焦茶色が囲み、モッズのターゲットマークのようで美しかった。あらかじめお湯で温められたカップにコーヒーを移して出来上がり。山川さんの原画を思い出しながら、丁寧に繰り返される作業を、時間の許す限り見ていた。喫茶店を後にする頃には酔いは覚め、体も少し軽く感じられた。

 振り返ると、自分を見つめ直す時間がとれたことは本当によかったと思う。普段は仕事でキャパオーバーし、帰宅後の時間は明日の仕事に怯えるだけで全く有意義に使えないし、ゆっくり休むことさえできていなかった。遠出はなかなか難しいが、これからは近場の喫茶店に行ってみたり、もう少し頻繁に日記をつけたりしたい。まずは、山川さんのイラストが届くのを楽しみに過ごそうと思う。