壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

前野健太 4/14 昼 吉祥寺MANDA-LA2 備忘録


 しばらく日が経ったが、このライブの事をしつこく思い出している。とてもいいものが見れたし、これから生活していく上で心の支えになってくれる様な1時間だった。

 私は前野健太が大好きだが、これまできちんとアルバムを聴いてこなかった。聴いてもないのに好きと言えるのか、とは思うが、聴かなくても最高である事が分かりきっていたため、ついつい後回しになっていた。しかし「営業中」の圧倒的な素晴らしさに慄き、これは遂にライブを見なければならない、と思っていた。なかなか予定が合わずレコ発ツアーが過ぎていく中、この「出勤」という月〜金平日に1日3ステもしくは4ステというおあつらえ向きの企画を知った。マドラスライブの次の日、時間は昼。会場は老舗の吉祥寺マンダラ2、敷居は高い(誤用)が昼ライブという事もあって精神的ハードルが少し低くなって助かった。時間ギリギリまでホテルでゴロゴロしたかったが、いつもの通り早くチェックアウトしてしまう病気が出て、仕方なく府中から吉祥寺に向かった。初夏を感じる気候で、明らかに上着が邪魔だった。近くの居酒屋でランチの焼き魚定食を注文、開場時間を待った。

 マンダラ前には既に列ができていたが、他のお客さんから声をかけてくれ、列番号を教えていただけたためすんなり並ぶことができた。入場時、更に良い事があった。ドリンクメニューに「コーヒーフロート」の文字がある。アルコールが飲めない現在、ライブハウスのドリンクは富士山頂級のぼったくり水を手にするだけの作業だったが、初めて飲みたい飲み物に出会えた。この時点で今日は完璧な日だな、と思えた。中に入ると、もっと早くに来ていれば良かったと思える趣のある空間。コーヒーフロートのアイスをスプーンでつつき溶かしながら開演を待った。

 ステージに上がった前野さんは緑の上着に白のズボン、まるで手品師の様ないで立ち。このステージのために用意した衣装だそう。1曲目、メガネの曲が始まり、生活の中にさらっと音楽が入り込んでくる。普段なら午後の業務についている時間にライブを見ている、というだけでワクワクしてしょうがない。お客さんさんから募ったリクエストで始まった「看護婦たちは」という春の曲がとても良かった。リクエスト代は300ペソだそう。小学生の頃読んだ学級王ヤマザキで知った好きな通貨単位なので無性に嬉しくなる。ちなみに「ねえ、タクシー」のリクエスト代は500ペソに上がっていた。あと「3月のブルース」は4月だから、という理由で却下されていた。

 新幹線のMAXとき、居酒屋の大将の歌を続けて歌った後、歌ったものが無くなってしまう、無くなるものばかり歌ってしまうというMCがあった。あなたがいると嬉しいし、いなくなるとどこか悲しい。残された者はまた誰かと出会い、別れを繰り返す人生を続けていく。歩んだ先に何があるのか、なぜ歩き続けなければいけないのか、としんみりした気持ちになる。そんな中でピアノに移動し演奏された「営業中」が体の芯に響いた。この曲が聴けてよかった。

 新宿アベニュー(田舎者なのでどんな建物かは知らない、建物なのか?)の歌で本編は終了。アンコールはなしとチラシに小さい字で書いてます、と笑いながら言う前野さんを無視して拍手が響く。最後の曲は「東京の空」。噂には聞いていたが、本当に素晴らしい曲だった。この曲をこのライブで初めて聴くことができて本当に良かったと心から思う。
 忘れるわけないだろう、と怒った様に、ぶっきらぼうに歌う。いつか忘れてしまうことを知っているから、その恐怖に抗うように。しかし、こんな歌があれば、例え忘れてしまっても何回でも思い出す事ができるだろう。今日も青い東京の空は変わらない物の象徴だろうか、それとも変わってしまう日がいつか来るのだろうか。変わらないであって欲しい、という願いの対象かも知れない。とにかくいい曲だった。物販でピアノ譜とキーホルダーを購入する。

 終演後、地上に出る階段の上に真っ青な東京の空が広がっていたのは出来すぎだろう。なんという解放感。この感動は夜のライブでは決して味わえなかっただろう。ココナッツディスクへの道すがらメロディが浮かぶ。さっき聞いたばかりの曲の影響を受けているのは間違いないが、気にせず口ずさむ。歌詞も一気に出来、これも飲んだばかりの「コーヒーフロート」というタイトルをつける。メロディにコードを乗せたことがなかったが、「営業中」を思い出しながら、家に帰ってピアノでたどたどしく完成させた。聴かせる相手は妻だけ。妻からすればいい迷惑だろうが、これはあなたのためだけに作った曲なのだ、と言えばなんだかカッコいい気もする。

 1週間ずっと前野さんが歌い続ける、営業中ののぼりを立てているという事実で勇気づけられた人は多くいたと思う。毎日通った人もいただろうし、この空の下、今あの人が歌っているのだ、と思えるだけで救われる心はきっとある。私の住む街に高いビルはなくとも、この空は繋がっている。