the MADRAS/ピーズ 6/19 F.A.D横浜(の記憶と雑記)
ずいぶん時間が経ったような気がするが、まだたったの1ヶ月と少しである。その1ヶ月で生活は激変。体調、精神状態の更なる悪化で休職を余儀なくされ(面談からあっという間に決まってしまった)、遂に道から逸れてしまったという思いを抱えながら、部屋から窓の外を眺める日々を過ごしている。このライブを機に劇的に何かが良くなれば、という奇跡を心のどこかで期待していたが、それは叶わぬ夢だった。ライブの記憶もおぼろげになってきたが、それでも目の裏に強く残っている光がある。忘れてしまった、ということも含めて書き出してみようと思う。
私からすれば歴史的なこのライブだが、ピーズはこのライブ前後にワンマン多数、また平日という条件も重なり客入りは芳しいとは言い難いF.A.D横浜。私も鬱の上に育児を妻に投げて1人ライブに行くことに負い目があり、その前後に横浜家族旅行をくっつけることでどうにか折り合いをつけた。かなり負担のある旅程だったが、あんなこともあったな、といつか振り返ることができる日が来ることを願っている。
整理番号が早かったため、ライブ中に雑念に囚われないよう、いつ以来か分からない程久しぶりに最前列に陣取った。ステージ横の楽屋から声が聞こえるくらいの距離。考えてみればマドラスもそうだがピーズをこんな近くで見られる機会はそうそうない。胸の高鳴りがしんどいくらいで、頼むから早く出て来てくれ、と思いながら開演を待っていた。
ライブの記憶は断片的で、書けば書くほど何かが変わってしまうような気がする。覚えているのは、確かなことは、視界全体が照明に染まって眩しかったこと。ステージ上の橋本さんから滴る汗が照らされるのを、音に手が届く、増幅されていない声が聞こえそうな距離で眺めていたこと。あの時間、私は確かに生きていたこと。後は、フロアではハルさんが、ステージ袖ではアビさんがギターを持ったままマドラスを見ていたことをよく覚えている。
あの日の木下さんは、アビさんに勝るとも劣らないギターヒーローだった。ギターに残るピック傷にバンドの、木下さんの歴史を感じた(その後に見たアビさんのギターはもう木が剥き出しで、かっこよくて笑ってしまった)。そしてこの日の「ルーザー」は忘れようと思っても一生忘れられないような、特別な時間だった。
マドラスはバンド全体が月に向かって手を伸ばし続ける誠実さと全力さで溢れていた。一方でピーズはタンポポの種子のように軽やかなステージだった。どこへでも飛んで行けるし、行き先は風まかせという自由と不自由の塊。そしてそんなことどうでだっていいと言い切ってしまうような清々しさがあった。あの夜は「氷屋マイド」が凄く響いて、「底なし」はやっぱり最高だった。繰り返されるリフで興奮が倍々ゲームで増していくあの感じがたまらない。あとはるさんのギターが左耳に直撃し、次の日も耳鳴りが残っていた。
アンコールでははるさんがサングラスを外し橋本さんと「実験4号」を歌う。なんかまた作ろう、場所は残ったぜ、と。こんな素晴らしいラブソングは他にないな、と改めて心から。映像を残せたらと思わなくもなく、それが少し心残りか。しかしあの光景は、私の中で残り続けていくだろうし、残っていて欲しい。どんな楽しいことがあってもすぐ忘れてしまう、手からこぼれ落ちていってしまう自分だから。
何度も読み返し、何回読んでも分からない愛読書「目的なき人生を生きる」(山内志朗著)にオットー・ノイラートという哲学者の言葉がある。
『われわれは、自分たちの船をいったんドックに入れて解体し、最上の部品を用いて新たに建造することができずに、大海上でそれを改造しなければならない船乗りのようなものである』
これは科学を船に例えた言葉だが、人生にも同じことが言える、と著者は語る。
どこかの港に立ち寄ってじっくり時間をかけ船を作り直したいどころか(休職期間はむしろそういった時間かもしれない)、航海自体をやめてしまいたい気持ちは常にあり、むしろそうするしかない、という強迫観念になんとか抗う日々。そんな中、この一節を読むたび、たとえ後退ばかりのような航海だとしても、補修を繰り返し旅を続けて行くしかないのだ、と気合いを入れ直している。
時間切れだろうが、何にも届かなかろうが、誰に、そして自分自身に何を言われても私の魂には何の関係もない。少なくとも、諦めず生きのばしたことで、あの夜にたどり着いた、間に合ったわけだ。あんな瞬間がまたきっといつか来る。それを信じて、今できる限りのことをしたい。

36歳ジャズ日記① 福居良『シーナリィ』
ジャズを聴いてみたい、と言う想いを長らく抱えていた。また歳を重ねたのを機に、これまで触れてこなかった音楽を聴いて閉塞感を打ち破りたいと言う気持ちか、はたまた音楽を聞き始めたばかりのまっさらな耳のまま、海に飛び込んでいくような感覚をもう一度味わいたいのか。
どうやら今の精神状態にはトランペットなど金管楽器が入った曲よりも、ピアノメインの静かな音楽の方が合うようなので、まずはピアノトリオのレコードを探してみることにした。何の知識もない状態だが、しばらくはこのままでいようと思う。
ほぼジャケ買いの状態ではあるが、なるべく夜の匂いがするレコードを探したい。1人静かに夜道を歩いているようなレコードを。高いレコードを何かに追われるように買うのはもう疲れたため、学生の頃のようにお求めやすい価格のものを探す、というのもルールにしようと思う。
福居良『シーナリィ』
今回の試みの前から我が家に1枚だけあったジャズのレコード。名盤との噂を聞いて再発盤を購入したはず。ジャズを少し聴いては挫折する、を繰り返していた頃、このレコードに収められた優しいピアノはすっと耳に入って来た。老舗のジャズバーで静かに夜を彩る様な趣だ。
「It Could Happen To You」
私がきちんと通しで聴いた初めてのジャズの曲、ということになる1曲目。まだ夜の早い時間、いよいよ空が暗くなり、街に繰り出すワクワク感をそのままパッケージしたような音楽。お店のドアを開け、そこにこんな音楽が流れていたら、それはきっと最高の夜の始まりだ。
「I Want To Talk About You」
静かなタッチの優しい曲。これをバラードと呼ぶのだろうか。目を閉じてピアノを弾く指の動きを思い浮かべながら聴く。1杯目を飲み干しおかわりを注文した後、なんとはなしに窓の向こうを眺めている時のような音楽。少し微睡んだ、幸せな時間の音。
「Early Summer」
ティロティロと速弾きから始まる曲。鍵盤のタッチが強くなり、先の2曲よりドラムのいい音が全面に出てくる。ロックバンドでも、肝はドラムがいいかどうか。ドラムソロもあり、満を持して走り出すようなパートがとてもいい。
「Willow Weep For Me」
ここからB面。私が漠然と持っていたジャズのイメージはまさにこんな曲。柔らかく膨らんだ優しいリズムの上にベースが乗り、その上をピアノが優しく、そして怪しく流れていく。ライナーノーツによるとジャズのスタンダードナンバーなのだそう。ただ目を閉じてピアノの行く先を感じるのみ。
「Autumn Leaves」
これもザ・ジャズといった感じの曲。「枯葉」というタイトルは私でも聞き覚えがあるため、どこかでこの曲は聴いたことがあるかもしれない。何となく部屋の中ではなく外の音楽のような気がする。ベースパートが登場する。ジャーンと閉まる終わり方が好き。
「Scenery」
最後の曲。これはオリジナル曲だそう。1人歩く夜にベースがそっと寄り添っているような、今の気分に1番合う曲だった。お店を出て、あてもなく歩いている時のような、夜を終わらせなければいけない時の気持ちというか。少し寂しく、でもそんな気持ちも悪くないような。
ジャズを聴こうと思い立ち2ヶ月程たったが、もうレコードを結構買ってしまった。この辺で収集を止め、1枚1枚にしっかり向き合い、感想をしたためて行こうと思う。

ピーズ 5/3 F.A.D横浜 備忘録
丸3年ぶり、まさに怒涛のピーズライブ。私の古いフラッシュメモリーでは対処しきれず、残っているのは最後の「yeah」が最高すぎた、という記憶のみ。腕もぴょんぴょん上げた、勝手に上がった。あと、私の前にずっとジョナサンリッチマンの様に踊るお客さんがいてとても嬉しかった。ライブハウスで汗をかいたのは久しぶり。会場には熱気が充満しておりさながら動物パーティーのよう。喉はカラカラに乾いていたが、なぜかそれをそのままにしていたい、水で流してしまいたくない、と思うような夜だった。
この日は重大なミッションがあった。6/19にF.A.D横浜で行われる記念すべきピーズとマドラスの対バンに向け、個人的に作ったマドラス紹介冊子をピーズファンの皆様に配布するというものだ。毎日コツコツページを作り、見直しを繰り返し(刷り終わった後にたくさんミスが見つかってしまったが)、初めての入稿はなかなか上手くいかず発狂寸前になったが何とか完成した。ライブハウス前でビラを配る人はこれまで沢山見てきたが、いざ自分がするとなると異様に緊張する。意を決してF.A.D横浜にメールすると、数分も経たないうちに了解メールを返信してくださり驚いた。F.A.D横浜夏目さんのご好意で、入場時のチケットもぎり後、ライブハウス入り口で配布させていただくことになった。
当日、いつも通り数時間早く会場前に到着。この心配症を本当にどうにかしたい、いつも時間上手く潰せないんだから。隣の喫茶店に入る。緊張と不安で体が強張る。無視とかされたら傷つくだろうなー、なんとか心を強く持たないと、などと考えながらコーヒーをすする。こんな精神状態ではどんなコーヒーも美味しくは感じないだろう。4時過ぎ、店内に派手な獅子舞が入ってきて驚く。中華街で催し物があるのだろう。楽しかったが、これがテロとかだったら防ぐことは出来ないんだろうなーとどこまでもネガティブな思考になる。おかわりする気も起きず、結局街を徘徊して時間を潰す。今思えば食べ歩きとかすれば良かったのに。
ようやく5時になり、クロークの準備をしていたスタッフさんに事情を説明し中に入れてもらった。なるべく邪魔にならないよう隅の方に立ち、冊子をカバンから出し、お客さんに渡すイメトレを30分(いろいろ考えてはいたのだが、結局よろしくお願いします、としか言えなかった)。ライブハウス内ではとてもいい曲ばかり流れていた。タイトルも分からない、きっともう死ぬまで聴くことはない曲たち。
遂に会場時間が来た。この時間、私はマドラス代表なのだ、という気分で背筋を伸ばす。結論から言うと、ピーズファンの皆様は忙しい中、優しく冊子を受け取ってくれた。荷物になるものを渡しているにも関わらず、ありがとう、と声をかけて下さる方もいた。涙が出なかったのが不思議なくらいありがたかった。本当に感謝しています。
入場口のドアが閉まる。237冊の冊子を配布することができた。そして6時オンタイムで歓声が上がり、焦って会場内へ。後ろの方には少しスペースの余裕があったため陣取る。カバンをクロークに預け忘れてしまったが、なんとか邪魔にはならなさそうだった。
ここからはあまり覚えてないのだが、記憶の断片を書き記しておく。
初めて聴く「アビリフ」はかなりかっこいい曲だった。本当にいいギターの音。音の切先が目の前まで来て、手を伸ばせば触れられるような感覚を覚えた。「異国の空」「ブラボー」はグッと来た。武道館で聴いた時より更にいい曲になっていて、あの日からずいぶん時間は経ったけれど、今いるこの場所と地続きなんだな、と感じた。はるさんがハンドマイクで歌う「実験4号」。深刻になりすぎず、いい曲がいいメロディで歌われる。こんな穏やかな気持ちでこの曲を聴く日が来るなんて、昔は全く想像出来なかったなー。
噂に聞いていた新曲の前には、思ったことをそのまま順番に口に出していくスタイルの長いMCがあった。皆で歌って、歌えるはずないけど、と始まった「ゴム焼き」。会場に歌わせるために小さめの声で歌うはるさんの姿が可笑しかった。あんなに何回も聴いてきた曲なのに、歌詞があやふやな自分に驚いた、まあ長い曲だし無理もないか。その後の「まったくたのしいぜGO GO」との落差、やけっぱち感は最高だった。
途中で2人ピーズコーナーが挟まれる。若いメンバーがはけて、還暦2人が演奏を止めないのは面白い。ムード歌謡の様に響く「ふぬけた」が響く。そして「底なし」。私はやっぱり「底なし」がピーズで一番好きな曲だ。イントロのギターがもう本当に最高、いい眺めだった。本編最後は「オナニー禁止令」、これも大好き、最高。最高しか言ってないな、でも嘘ではないのだ。ノンストップのステージ、更にアンコールもあるのがすごい。最後の最後は「yeah」。思い残すことがないよう、皆半狂乱で体を動かしていた。
MCで覚えているのは、ライブ中の尿意の話から地球は大きな群馬だ、まで連想ゲームが続いたこと、はるさんがエベレスト無酸素登頂のい様な痩せ我慢でライブしていること、アビさんが登頂を諦める勇気も必要だよ、と諭したことなど。あと、普通にはるさんが開演前にフロアにいるのに驚いた。受付に積まれたチケットを見て、今日はギャラが多そうだな、とニヤッとしていた。
出口にいた夏目さんにお礼を言い会場を後に。夜風が熱った体に心地いい。ピーズのライブは長くなると聞いていたので、無理やり遠くになんとか泊まれる価格の宿を探し予約したが、この時間なら終電間に合ったな。ファミマで大好きな和風ツナマヨおにぎりを2つ買い宿へ向かう。帰りの電車はさっきまでいたライブハウスとは比べ物にならないほど混んでいた。唯一の救いはクーラーが効いていたことくらいか。皆が苦行に耐える中、外国のグループの人達だけが楽しそうに爆笑していた。言葉が分かれば仲間に入れてもらいたいくらい楽しそうにしており、なんだか癒された。苦しいからって苦しい顔をする必要もないんだよなー、と心がほぐれた。
長い1日がようやく終わった。配った冊子を誰かが読んでくれたら、そしてマドラスの音楽を聴いてくれたらこれ程嬉しいことはない。そう言えば、暑いライブハウス内、私の隣のお客さんが渡した冊子を捨てずにうちわ代わりに使っていてくれたので、全くのムダではなかったと信じている。お手数ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
前野健太 4/14 昼 吉祥寺MANDA-LA2 備忘録
しばらく日が経ったが、このライブの事をしつこく思い出している。とてもいいものが見れたし、これから生活していく上で心の支えになってくれる様な1時間だった。
私は前野健太が大好きだが、これまできちんとアルバムを聴いてこなかった。聴いてもないのに好きと言えるのか、とは思うが、聴かなくても最高である事が分かりきっていたため、ついつい後回しになっていた。しかし「営業中」の圧倒的な素晴らしさに慄き、これは遂にライブを見なければならない、と思っていた。なかなか予定が合わずレコ発ツアーが過ぎていく中、この「出勤」という月〜金平日に1日3ステもしくは4ステというおあつらえ向きの企画を知った。マドラスライブの次の日、時間は昼。会場は老舗の吉祥寺マンダラ2、敷居は高い(誤用)が昼ライブという事もあって精神的ハードルが少し低くなって助かった。時間ギリギリまでホテルでゴロゴロしたかったが、いつもの通り早くチェックアウトしてしまう病気が出て、仕方なく府中から吉祥寺に向かった。初夏を感じる気候で、明らかに上着が邪魔だった。近くの居酒屋でランチの焼き魚定食を注文、開場時間を待った。
マンダラ前には既に列ができていたが、他のお客さんから声をかけてくれ、列番号を教えていただけたためすんなり並ぶことができた。入場時、更に良い事があった。ドリンクメニューに「コーヒーフロート」の文字がある。アルコールが飲めない現在、ライブハウスのドリンクは富士山頂級のぼったくり水を手にするだけの作業だったが、初めて飲みたい飲み物に出会えた。この時点で今日は完璧な日だな、と思えた。中に入ると、もっと早くに来ていれば良かったと思える趣のある空間。コーヒーフロートのアイスをスプーンでつつき溶かしながら開演を待った。
ステージに上がった前野さんは緑の上着に白のズボン、まるで手品師の様ないで立ち。このステージのために用意した衣装だそう。1曲目、メガネの曲が始まり、生活の中にさらっと音楽が入り込んでくる。普段なら午後の業務についている時間にライブを見ている、というだけでワクワクしてしょうがない。お客さんさんから募ったリクエストで始まった「看護婦たちは」という春の曲がとても良かった。リクエスト代は300ペソだそう。小学生の頃読んだ学級王ヤマザキで知った好きな通貨単位なので無性に嬉しくなる。ちなみに「ねえ、タクシー」のリクエスト代は500ペソに上がっていた。あと「3月のブルース」は4月だから、という理由で却下されていた。
新幹線のMAXとき、居酒屋の大将の歌を続けて歌った後、歌ったものが無くなってしまう、無くなるものばかり歌ってしまうというMCがあった。あなたがいると嬉しいし、いなくなるとどこか悲しい。残された者はまた誰かと出会い、別れを繰り返す人生を続けていく。歩んだ先に何があるのか、なぜ歩き続けなければいけないのか、としんみりした気持ちになる。そんな中でピアノに移動し演奏された「営業中」が体の芯に響いた。この曲が聴けてよかった。
新宿アベニュー(田舎者なのでどんな建物かは知らない、建物なのか?)の歌で本編は終了。アンコールはなしとチラシに小さい字で書いてます、と笑いながら言う前野さんを無視して拍手が響く。最後の曲は「東京の空」。噂には聞いていたが、本当に素晴らしい曲だった。この曲をこのライブで初めて聴くことができて本当に良かったと心から思う。
忘れるわけないだろう、と怒った様に、ぶっきらぼうに歌う。いつか忘れてしまうことを知っているから、その恐怖に抗うように。しかし、こんな歌があれば、例え忘れてしまっても何回でも思い出す事ができるだろう。今日も青い東京の空は変わらない物の象徴だろうか、それとも変わってしまう日がいつか来るのだろうか。変わらないであって欲しい、という願いの対象かも知れない。とにかくいい曲だった。物販でピアノ譜とキーホルダーを購入する。
終演後、地上に出る階段の上に真っ青な東京の空が広がっていたのは出来すぎだろう。なんという解放感。この感動は夜のライブでは決して味わえなかっただろう。ココナッツディスクへの道すがらメロディが浮かぶ。さっき聞いたばかりの曲の影響を受けているのは間違いないが、気にせず口ずさむ。歌詞も一気に出来、これも飲んだばかりの「コーヒーフロート」というタイトルをつける。メロディにコードを乗せたことがなかったが、「営業中」を思い出しながら、家に帰ってピアノでたどたどしく完成させた。聴かせる相手は妻だけ。妻からすればいい迷惑だろうが、これはあなたのためだけに作った曲なのだ、と言えばなんだかカッコいい気もする。
1週間ずっと前野さんが歌い続ける、営業中ののぼりを立てているという事実で勇気づけられた人は多くいたと思う。毎日通った人もいただろうし、この空の下、今あの人が歌っているのだ、と思えるだけで救われる心はきっとある。私の住む街に高いビルはなくとも、この空は繋がっている。