壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

the MADRAS 「awake」何千回だって目を覚ます僕らの歌

 THE CHEWINGGUM WEEKENDの傑作アルバム「KILLING POP」から約21年。
the MADRAS 8曲入りの1stアルバム「awake」を飽きることなく繰り返し聴いている。

 橋本孝志の歌声と、普遍性を持った美しいメロディーは変わらない。

 全ての曲で歌われるのは、時に輝き、時に襲い掛かってくる揺れ動く世界の中で生きる僕と君。
どの曲の主人公も何らかの孤独や喪失感、かすかな破滅衝動を内包しているが、その身を悲しみや絶望に投げ出すことはしていない。ある種の明るさ、爽やかさすら感じさせるが、それは決して諦めや開き直り、現実逃避から生まれるものではない。
 痛みを受け立ち止まりながらも、日常の中にある夢や希望といった、口に出すのもはばかられるような「光」を直視する強さを持った、どこかの街で生きる誰かを歌った歌だ。

 この作品には、元THE CHEWINGGUM WEEKENDの、といった枕詞は必要ないかもしれない。
the MADRASというバンドのことを一切知らず、どこかのレコード屋の視聴機で偶然このアルバムに出会っていたとしても、きっとすぐに好きになっていただろう、と思う。

 私は機材や楽器のことは分からないし、音楽の専門用語もからっきしだ。
それ故、音楽の判断基準はグッとくるかこないか、という幼稚な二元論に終始してしまう。
私の文章ではthe MADRASの楽曲の素晴らしさがどこから来るのか、といったことには一切言及できないだろうがそこは諦め、ストーカーから送られてくる長くて気味の悪いラブレターのようなレビューもどきをしたためてみようと思う。


 このアルバムは、the MADRASの1stにしてバンドの歴史を総括するベスト盤のような立ち位置である。だが決してライブで盛り上がるA面を集めました、という作りではなく、この曲順だからこそ紡げるストーリーがある、アルバムらしいアルバムになっている、と思う。もうその時点で嬉しい。
 レコ発ライブがアルバムの曲順を再現する形で行われたのも、このアルバムがこの形でなければいけない、ひとつの答えとして生み出されたものであるということが分かる。

 
 アルバムは音楽への愛とあなたに会える喜びを素直に歌った祝福感にあふれる「ワンダー」から始まる。
 全体を通して感じたことだが、このアルバムの持つ温かさや優しさは、木下直也というギタリストが紡ぐ音に寄るところが大きいのではないかと思う。
私がTHE CHEWINGGUM WEEKENDというバンドに夢中になったきっかけは、岩田晃次のギターであった気がする。
時にメランコリックにつま弾かれ、時に空間を突き破るかのように鳴り響く轟音に心奪われた。
そのギターはバンドを唯一無二のものとすると同時に、世界を拒絶するかのようなフィルターとして曲に覆いかぶさっていた。

 木下さんのギターは、同じ轟音でも強い正のエネルギーに溢れている。
眩く輝く白いライトに照らされ、ステージの最前でギターかき鳴らす姿がパッと目に浮かぶ。
楽曲から離れることなく、歌の中の主人公にそっと寄り添い導く音。
この音色がどうしようもなく好きだ。

 それはえらめぐみのベースと安蒜リコのドラムにも同じことが言える。
上手く言語化できないのがもどかしくて仕方ないが、バンドでしか鳴らすことのできない音がこのアルバムには詰まっている。

 そもそもこのバンドメンバーは百戦錬磨のミュージシャンばかりである。
ベースのえらさんは強烈な個を持つ大森靖子のバンドメンバーとして活躍しているし、ギターの木下さんは自身がボーカルを務めるバンドを有している。ドラムのリコさんに至ってはギター、DJにとどまらずレザーブランドまで運営している。
 様々な表現の場所をもつバンドマン。
そんなメンバーが、橋本さんの歌に集まり、サポートメンバーとして良質な演奏をただ提供しているのでなく、バンドという塊になって音を鳴らしている。
自分の中できちんと理解できていない、例えばグルーブがどうこうといった分かりやすい言葉を安易に用いるのは不誠実だろう。
ただ、これは苦楽を共にしたメンバーでしか出せない音なのだ、という確信だけがある。そう感じたのだから、私にとってはそれで十分だ。

 2曲目は「スタンド」。2016年にthe MADRASの楽曲として初めて世に送り出された楽曲。
それと同時に、調べたところによると橋本さんが音楽活動を再開して最初に行った2014年1月15日のライブで演奏された、最古の曲のうちの一つである。
ちなみにこのライブで木下さんとえらさんが所属するDots Dashと対バンしている。the MADRASの歴史はこの日から始まっていた。

 配信音源とは一部ギターが異なり、今回新たに録音されたものと思われる。
 橋本さんの楽曲でフィルム、という歌詞がでてくるものとして、ぱっと「ウォーターピストル」が思い出される。
『キズがまだつくなら 映るはずだ 切れ切れのフィルムを 繋ぎ止めた』といつかの幻から抜け出せないでいるのに対し、「スタンド」では『これは僕の夢 君と撮る映画だ』『描ける限りのシナリオ 鮮明に 鮮明に映したい』と力強く歌われている。
決して確固たる何かを持っているわけではないが、いつか、と遠くを見据え立っている姿が心強い。

 3曲目「ロスト」も「スタンド」に続き2016年に配信リリースされた曲。
好きな歌詞を書き出していたらきりがない。この曲をライブで初めて聞けたとき、本当に嬉しかったのを思い出す。
タイトル通り、何かを失い後悔にさいなまれながらも、この主人公は膝をついていない。世界が綺麗だ、と言える強さ。
『曖昧な夢に溺れるのは止めたんだ 消えたくなる夜を僕らは超えていくよ』の一節は白眉の一言。
アルバムが出る前から幾度となく聞いてきた曲だが、きっとこれからもずっとそうしていくだろう、と思う。

「ロスト」ときて続くは「ルーザー」。
この曲が一番アルバムの中で好きだ。メロディーが、歌詞が、演奏が何から何まで心の奥底まで響く。
『僕はルーザー この地球では 孤独なエイリアン 逸れてしまう』。
きっとこの主人公は、姿かたちが目に見えて他人と違う、ということではないのだろう。
完全にずれているのであれば開き直りもできるが、そうではなくほんの少しだけ世界とずれていて、その修正の仕方が分からない。
それによって抱える悲しみは、おそらく誰とも共有できない。好意を抱いている君とでさえも。

ここではないどこかで、君と分かりあえる夢を見る。きっと夢の中に居続けた方が幾分楽だろう。
しかし、違う惑星で生まれたとすら感じる世界で、目覚めてみたいと歌う、アルバムタイトルにも繋がる部分。
君が恋しいよ、と歌う橋本さんの声が胸を打つ。それは決してルーザーの姿などではない。

 一番好きな歌が「ルーザー」なら、一番ギターが好きな曲が「リアルバースデー」。
2ndシングル「ラフ」から収録された橋本さんと木下さんの共作であるこの曲は、アルバムの中で最も破滅衝動が感じられる曲だ(私にとって、と但し書きをしておきます)。
リアルバースデー、本当の誕生日と、消えたい、という感情がワンセットで歌われる。
バランスの崩れかけたねじれた感情を一気に開放するようなギターソロ。
ライブでこの曲を一心不乱にかき鳴らす木下さんは本当にかっこよかった。

6曲目は「ホール」、アルバムの中で最も抑制のきいた曲。
そして橋本さんの復活ライブで1曲目に歌われた曲でもある。
真偽は定かではないが、THE CHEWINGGUM WEEKENDの解散前、「ホール」という未発表曲をライブで演奏していた、という記述をどこかで見た記憶がある。もしそうだとすれば、2001年と2019年、バンドの終わりと始まりを直接つなぐ楽曲なのかもしれない。
そしてこれこそがアルバムをアルバムたらしめている、バンドの表情が良く見える仕上がりになっている1曲になっている。
逃げ道を塞いだ空洞の中、漂う死の香り。
全てと引き換えにして手に入れた2人だけの世界に反響する、悲しみと美しさを携えたギターの音はどこまでも優しい。
あとこの曲はCDもいいがライブがさらに素晴らしかった。
アルバムが出たばかりで気が早いが、いつかライブアルバムが出る日をひそかに待ちたいと思う。

トリ前を飾るのは「ハピネス」。
ざらついたギターから始まるこの曲は『ダメになってしまった だけどきっと続きがあるんだ』という歌いだしで始まる。
ともすれば陳腐な響きを有しかねない言葉に感動と強い説得力が宿るのはバンドの魔法だろう。
きっと続きがある。このアルバムが2019年にリリースされたのが何よりの証拠だ。
『暗闇で遊んで 光になって』という歌詞の部分が好き。
さっきから素晴らしいと好きしか言ってない気がするが、語彙力の無さはもうどうしようもない。
PVも作成されているようなのでそちらも楽しみだ。

アルバムの最後はthe MADRASの1stシングルの表題曲「デイドリーマー」。
6曲目から8曲目の流れでこの曲を聞いたことで、初めてシングルで聞いた時以上の感動を覚えた。
もうこのアルバムを聞くと「デイドリーマー」はこの位置でしかありえないとすら感じる、最後にふさわしい輝きに満ちた曲。
幻滲むオレンジ、それは現実の光か、もしくは文字通り白昼夢の中のおぼろげな光景か。

シングルのジャケットがすごく好きで、この曲をiPodに入れて、ジャケットと同じく日が落ちる前の海岸で聞いたことをふと思い出した。
『光が射して 目を覚ました』『光が充ちて 走り出した』
もちろん現実の世界に常に光が射している訳ではなく、それをずっと直視することは辛すぎるけれど、かと言って夢の世界に逃げ込むだけではどこへも行けない。
世界を探したり抜け出したり。消えたくなる夜とあなたに会える夜を繰り返し。喜びと悲しみ両方を探しながら誰かと共に歩む日々を生きていく全ての人に降り注ぐ、どこかの街で生きる僕らの歌でアルバム「awake」は締められる。


定額の音楽配信に慣れてから、私はすっかりCDを買わなくなった。
レコードは喜んで買うが、よほど好きなバンドでない限り、新譜をCDで買うことは減ってしまった。
今年買った新譜はたったの3枚。
GRAPEVINE「ALL THE LIGHT」、スカート「トワイライト」、そしてこのアルバムだ。
ただこれらアルバムは何度再生したか分からないくらいに聞いている。
音楽をデータとしてでなく、モノとして所有するということは、これまで以上に意味を持つ気がする。
私は日常をやり過ごすためのBGMや、誰かとの共通言語、消費物として音楽を聴きたいのではない、ということを改めて感じた。
人生を共にできる、それこそ死ぬ前の日でも聴きたいと感じる音楽しかもう聴きたくない。
そんなアルバムに出会えた幸せに感謝しながら、また1曲目の「ワンダー」を再生する。


やっと書き終わった...
目を覆いたくなるような痛い文章しか出てこないので書いては消し書いては消しを繰り返していたら結局リリースから1週間近くたってしまった。
しかも結局痛いままだし。
アルバムリリースを期に、プロのライターによるthe MADRASのインタビューやアルバムレビューを本当に読みたい。

tha MADRAS 初のワンマンライブのチケットはすでに確保した。
そう、目覚めたばかりなのだ。愛するバンドとの日々はこれからもきっと続いていく。
続いていってほしい、と願う。