壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

the MADRAS 「awake」何千回だって目を覚ます僕らの歌

 THE CHEWINGGUM WEEKENDの傑作アルバム「KILLING POP」から約21年。
the MADRAS 8曲入りの1stアルバム「awake」を飽きることなく繰り返し聴いている。

 橋本孝志の歌声と、普遍性を持った美しいメロディーは変わらない。

 全ての曲で歌われるのは、時に輝き、時に襲い掛かってくる揺れ動く世界の中で生きる僕と君。
どの曲の主人公も何らかの孤独や喪失感、かすかな破滅衝動を内包しているが、その身を悲しみや絶望に投げ出すことはしていない。ある種の明るさ、爽やかさすら感じさせるが、それは決して諦めや開き直り、現実逃避から生まれるものではない。
 痛みを受け立ち止まりながらも、日常の中にある夢や希望といった、口に出すのもはばかられるような「光」を直視する強さを持った、どこかの街で生きる誰かを歌った歌だ。

 この作品には、元THE CHEWINGGUM WEEKENDの、といった枕詞は必要ないかもしれない。
the MADRASというバンドのことを一切知らず、どこかのレコード屋の視聴機で偶然このアルバムに出会っていたとしても、きっとすぐに好きになっていただろう、と思う。

 私は機材や楽器のことは分からないし、音楽の専門用語もからっきしだ。
それ故、音楽の判断基準はグッとくるかこないか、という幼稚な二元論に終始してしまう。
私の文章ではthe MADRASの楽曲の素晴らしさがどこから来るのか、といったことには一切言及できないだろうがそこは諦め、ストーカーから送られてくる長くて気味の悪いラブレターのようなレビューもどきをしたためてみようと思う。


 このアルバムは、the MADRASの1stにしてバンドの歴史を総括するベスト盤のような立ち位置である。だが決してライブで盛り上がるA面を集めました、という作りではなく、この曲順だからこそ紡げるストーリーがある、アルバムらしいアルバムになっている、と思う。もうその時点で嬉しい。
 レコ発ライブがアルバムの曲順を再現する形で行われたのも、このアルバムがこの形でなければいけない、ひとつの答えとして生み出されたものであるということが分かる。

 
 アルバムは音楽への愛とあなたに会える喜びを素直に歌った祝福感にあふれる「ワンダー」から始まる。
 全体を通して感じたことだが、このアルバムの持つ温かさや優しさは、木下直也というギタリストが紡ぐ音に寄るところが大きいのではないかと思う。
私がTHE CHEWINGGUM WEEKENDというバンドに夢中になったきっかけは、岩田晃次のギターであった気がする。
時にメランコリックにつま弾かれ、時に空間を突き破るかのように鳴り響く轟音に心奪われた。
そのギターはバンドを唯一無二のものとすると同時に、世界を拒絶するかのようなフィルターとして曲に覆いかぶさっていた。

 木下さんのギターは、同じ轟音でも強い正のエネルギーに溢れている。
眩く輝く白いライトに照らされ、ステージの最前でギターかき鳴らす姿がパッと目に浮かぶ。
楽曲から離れることなく、歌の中の主人公にそっと寄り添い導く音。
この音色がどうしようもなく好きだ。

 それはえらめぐみのベースと安蒜リコのドラムにも同じことが言える。
上手く言語化できないのがもどかしくて仕方ないが、バンドでしか鳴らすことのできない音がこのアルバムには詰まっている。

 そもそもこのバンドメンバーは百戦錬磨のミュージシャンばかりである。
ベースのえらさんは強烈な個を持つ大森靖子のバンドメンバーとして活躍しているし、ギターの木下さんは自身がボーカルを務めるバンドを有している。ドラムのリコさんに至ってはギター、DJにとどまらずレザーブランドまで運営している。
 様々な表現の場所をもつバンドマン。
そんなメンバーが、橋本さんの歌に集まり、サポートメンバーとして良質な演奏をただ提供しているのでなく、バンドという塊になって音を鳴らしている。
自分の中できちんと理解できていない、例えばグルーブがどうこうといった分かりやすい言葉を安易に用いるのは不誠実だろう。
ただ、これは苦楽を共にしたメンバーでしか出せない音なのだ、という確信だけがある。そう感じたのだから、私にとってはそれで十分だ。

 2曲目は「スタンド」。2016年にthe MADRASの楽曲として初めて世に送り出された楽曲。
それと同時に、調べたところによると橋本さんが音楽活動を再開して最初に行った2014年1月15日のライブで演奏された、最古の曲のうちの一つである。
ちなみにこのライブで木下さんとえらさんが所属するDots Dashと対バンしている。the MADRASの歴史はこの日から始まっていた。

 配信音源とは一部ギターが異なり、今回新たに録音されたものと思われる。
 橋本さんの楽曲でフィルム、という歌詞がでてくるものとして、ぱっと「ウォーターピストル」が思い出される。
『キズがまだつくなら 映るはずだ 切れ切れのフィルムを 繋ぎ止めた』といつかの幻から抜け出せないでいるのに対し、「スタンド」では『これは僕の夢 君と撮る映画だ』『描ける限りのシナリオ 鮮明に 鮮明に映したい』と力強く歌われている。
決して確固たる何かを持っているわけではないが、いつか、と遠くを見据え立っている姿が心強い。

 3曲目「ロスト」も「スタンド」に続き2016年に配信リリースされた曲。
好きな歌詞を書き出していたらきりがない。この曲をライブで初めて聞けたとき、本当に嬉しかったのを思い出す。
タイトル通り、何かを失い後悔にさいなまれながらも、この主人公は膝をついていない。世界が綺麗だ、と言える強さ。
『曖昧な夢に溺れるのは止めたんだ 消えたくなる夜を僕らは超えていくよ』の一節は白眉の一言。
アルバムが出る前から幾度となく聞いてきた曲だが、きっとこれからもずっとそうしていくだろう、と思う。

「ロスト」ときて続くは「ルーザー」。
この曲が一番アルバムの中で好きだ。メロディーが、歌詞が、演奏が何から何まで心の奥底まで響く。
『僕はルーザー この地球では 孤独なエイリアン 逸れてしまう』。
きっとこの主人公は、姿かたちが目に見えて他人と違う、ということではないのだろう。
完全にずれているのであれば開き直りもできるが、そうではなくほんの少しだけ世界とずれていて、その修正の仕方が分からない。
それによって抱える悲しみは、おそらく誰とも共有できない。好意を抱いている君とでさえも。

ここではないどこかで、君と分かりあえる夢を見る。きっと夢の中に居続けた方が幾分楽だろう。
しかし、違う惑星で生まれたとすら感じる世界で、目覚めてみたいと歌う、アルバムタイトルにも繋がる部分。
君が恋しいよ、と歌う橋本さんの声が胸を打つ。それは決してルーザーの姿などではない。

 一番好きな歌が「ルーザー」なら、一番ギターが好きな曲が「リアルバースデー」。
2ndシングル「ラフ」から収録された橋本さんと木下さんの共作であるこの曲は、アルバムの中で最も破滅衝動が感じられる曲だ(私にとって、と但し書きをしておきます)。
リアルバースデー、本当の誕生日と、消えたい、という感情がワンセットで歌われる。
バランスの崩れかけたねじれた感情を一気に開放するようなギターソロ。
ライブでこの曲を一心不乱にかき鳴らす木下さんは本当にかっこよかった。

6曲目は「ホール」、アルバムの中で最も抑制のきいた曲。
そして橋本さんの復活ライブで1曲目に歌われた曲でもある。
真偽は定かではないが、THE CHEWINGGUM WEEKENDの解散前、「ホール」という未発表曲をライブで演奏していた、という記述をどこかで見た記憶がある。もしそうだとすれば、2001年と2019年、バンドの終わりと始まりを直接つなぐ楽曲なのかもしれない。
そしてこれこそがアルバムをアルバムたらしめている、バンドの表情が良く見える仕上がりになっている1曲になっている。
逃げ道を塞いだ空洞の中、漂う死の香り。
全てと引き換えにして手に入れた2人だけの世界に反響する、悲しみと美しさを携えたギターの音はどこまでも優しい。
あとこの曲はCDもいいがライブがさらに素晴らしかった。
アルバムが出たばかりで気が早いが、いつかライブアルバムが出る日をひそかに待ちたいと思う。

トリ前を飾るのは「ハピネス」。
ざらついたギターから始まるこの曲は『ダメになってしまった だけどきっと続きがあるんだ』という歌いだしで始まる。
ともすれば陳腐な響きを有しかねない言葉に感動と強い説得力が宿るのはバンドの魔法だろう。
きっと続きがある。このアルバムが2019年にリリースされたのが何よりの証拠だ。
『暗闇で遊んで 光になって』という歌詞の部分が好き。
さっきから素晴らしいと好きしか言ってない気がするが、語彙力の無さはもうどうしようもない。
PVも作成されているようなのでそちらも楽しみだ。

アルバムの最後はthe MADRASの1stシングルの表題曲「デイドリーマー」。
6曲目から8曲目の流れでこの曲を聞いたことで、初めてシングルで聞いた時以上の感動を覚えた。
もうこのアルバムを聞くと「デイドリーマー」はこの位置でしかありえないとすら感じる、最後にふさわしい輝きに満ちた曲。
幻滲むオレンジ、それは現実の光か、もしくは文字通り白昼夢の中のおぼろげな光景か。

シングルのジャケットがすごく好きで、この曲をiPodに入れて、ジャケットと同じく日が落ちる前の海岸で聞いたことをふと思い出した。
『光が射して 目を覚ました』『光が充ちて 走り出した』
もちろん現実の世界に常に光が射している訳ではなく、それをずっと直視することは辛すぎるけれど、かと言って夢の世界に逃げ込むだけではどこへも行けない。
世界を探したり抜け出したり。消えたくなる夜とあなたに会える夜を繰り返し。喜びと悲しみ両方を探しながら誰かと共に歩む日々を生きていく全ての人に降り注ぐ、どこかの街で生きる僕らの歌でアルバム「awake」は締められる。


定額の音楽配信に慣れてから、私はすっかりCDを買わなくなった。
レコードは喜んで買うが、よほど好きなバンドでない限り、新譜をCDで買うことは減ってしまった。
今年買った新譜はたったの3枚。
GRAPEVINE「ALL THE LIGHT」、スカート「トワイライト」、そしてこのアルバムだ。
ただこれらアルバムは何度再生したか分からないくらいに聞いている。
音楽をデータとしてでなく、モノとして所有するということは、これまで以上に意味を持つ気がする。
私は日常をやり過ごすためのBGMや、誰かとの共通言語、消費物として音楽を聴きたいのではない、ということを改めて感じた。
人生を共にできる、それこそ死ぬ前の日でも聴きたいと感じる音楽しかもう聴きたくない。
そんなアルバムに出会えた幸せに感謝しながら、また1曲目の「ワンダー」を再生する。


やっと書き終わった...
目を覆いたくなるような痛い文章しか出てこないので書いては消し書いては消しを繰り返していたら結局リリースから1週間近くたってしまった。
しかも結局痛いままだし。
アルバムリリースを期に、プロのライターによるthe MADRASのインタビューやアルバムレビューを本当に読みたい。

tha MADRAS 初のワンマンライブのチケットはすでに確保した。
そう、目覚めたばかりなのだ。愛するバンドとの日々はこれからもきっと続いていく。
続いていってほしい、と願う。

1人ピーズ 6/8 水上音楽堂 備忘録


生きててよかった、と心から思える夜がまた一つ増えました。
ピーズの武道館が決まって、居ても立っても居られなくなり立ち上げたこのブログ、今日の感動は絶対に書き留めておかなければ。


それにしてもアビさんは最高だ。
アコースティックセットでも相変わらずギターの音がでかい。
今日確信したのは、死ぬまでピーズが、ロックンロールが好きなんだろうな、ということ。
時代はヒップホップだと言われても。
ロックは死んだと誰かが言っても。
theピーズがいる限り、なんなら演奏なんてしなくても、ハルさんとアビさんがこの世界のどこかで生きている限り、世界で一番カッコいい音楽はロックンロールだ、と胸を張って言えるな、ということを実感した次第です。


今年に入って、1人ピーズを見るのは今日で3回目。
初めては吉祥寺で頭脳警察PANTAとの2マン、2回目は大阪で台風クラブとキイチビールとの対バン。

特に2回目で、台風クラブをバックに演奏した実験4号はしびれました。
ハルさんが台風クラブの石塚さんをアビさんの匂いがする、と言っていてものすごく嬉しかったのを覚えてます。
その時感じたのは、ハルさんが音楽を続けてくれるだけで幸せだけど、やっぱりもう一度あの3人のtheピーズが見たい、ということでした。
武道館で沢山の幸せをもらったし、あれがバンドの区切りのライブだったことは百も承知だけれど、生きているうちに、またあの感動を味わいたいと強く思いました。


天気予報に反し、ライブ開始まで天気が持った上野。
物販もカラーゲ屋も長蛇の列。
特に酒を求める人はライブが始まっても途切れることはありませんでした。

今日のライブはゆるい感じかな、と思っていたし、実際入りは自然体そのものでしたが、日が暮れるに連れて客席の熱狂度が目に見えて上がっていました。
正直怖いくらい。
このヨッパライども、何かするんじゃないかというくらい熱が高まり、曲が終わるたびに万雷の拍手を送っていました。

ライブが終わり痛飲した状態ですが、覚えている範囲だと「ゴム焼き」は心に来ました。
ロマンチックゾーンで演奏された「どっかにいこー」なんて最高としか言えないかっこよさ。
何が最高か、と言われても、言語化したくてもできない。
とにかく体が多幸感に溢れるというか、脳より先に体が反応して感動するというか。
曲が比較的新しめなのも嬉しかった。ピーズは止まってなんかいないことを改めて実感します。
1曲目はハッピーバースデーな新曲。鯖読んでいたい僕とお嬢さん、というサビで女性の歓声が上がってました。
フォーリンも氷屋マイドもいい曲。アコースティックでもいいから、いつか録音して欲しいです。


そして7時を回り、すっかり暗くなった水上音楽堂で始まったアンコール。本編ではこまめに水分をしていたハルさんですが、矢継ぎ早に曲を演奏し、どんどん盛り上がる客席。カップルが前の方で踊ってたのが少し笑えました。席戻った後ずっとチューしてたし。

そして、まさかの呼び込みがかかり、アビさんがステージに上がった瞬間。
本当に、文字通り一斉に会場中の人間が立ち上がり、どんどん前に押しかけていき。
地球の重力の向きが変わったとしか思えませんでした。
古くはラフィンノーズの野音で人が押しかけ、ファンの方が亡くなられた事故もあったので少し危なさも感じたので私は席でじっとしてましたが、この熱狂は誰にも止められなかったでしょう。

そして始まる「Yeah」。
本当に久しぶりに聞きました。
武道館でも、その前の大阪野音でも演奏せず、ずっと聞きたかったピーズの原点みたいな曲。

この胸の高鳴りをなんと呼ぼうか。
この幸せを私たちみんなで独り占めできることのなんたる素晴らしさか。
皆が思い思いに手を挙げ、叫び、歌い。
今日の日は忘れられそうにありません。

そして2人で演奏される「実験4号」。
このアルバム時には既にアビさんは脱退していたにもかかわらず、この曲にはアビさんのギターがどうしようもなく必要で。
まだ2人いる、という歌詞は、今日はステージの2人のことにしか思えなくて、涙がどんどん溢れてきました。

2人ともステージ上で本当に嬉しそうな顔をしていて。
ロックンロールって、優しさの音楽だな、とぼんやり思いながらその幸せな光景をただただ眺めていました。

ラストは「グライダー」。
死ぬ前に最後に聞きたい曲は、これかも知れません。
アビさんに促され、イントロを引きだすハルさん。
この曲で、以前インタビューで言っていた、爆音でないこれからのピーズが完全に完成していたように感じられました。

曲の隙間をぬい、絶妙なギターを入れるアビさん。
今日まで途切れることなくバンドが続いていたかのような阿吽の呼吸でのギターの掛け合い。
少しくらい時間が空いても、この2人には何の問題もないのでしょう。

武道館の時と同様、ステージから降りたくなさそうにウロウロする2人。
時間が来てるから、皆なるべく速やかに帰ってね、とハルさんに促され、興奮と多幸感を抱えたまま会場を後にしました。


最後に、素敵だな、と思ったMCをメモって終わります。記憶はあやふやなので、こんなニュアンスだったな、という不完全な形ですが。
「今色んな形を手当たり次第にやってるけど、40周年、いや40周年は遠いか、35周年くらいにはきちっと見せられるから」
「これからもっとバンドをよくしたいと思ってる、時間がかかってごめんね」


こんな夜にまた会えるなら、どれだけでも待ちますとも。

grapevine 4/14 新潟LOTS 備忘録

grapevineを好きだ、という時に、何か他のものと比較する必要はない。
grapevineの好きな所をただ順番に挙げていけばいい。

捻くれて、皮肉屋で、お前ら分からんやろ、と言いたげな顔で歌い、実際に言い、曲に突拍子もないアレンジを施し、代表曲(と呼ばれるもの)はワンマンでは頑なに歌わず、MCはふわふわしていて、アンコールの時にはもう呑んでいて。

突然目を潤ませたり、子供のように笑って見せたり、やけに真っ直ぐな歌詞を歌ってみたり、信じられないくらい美しいメロディを奏でてみたり、キーボードって、ドラムって、ベースって、ギターって、そしてバンドってなんてカッコイイんだと、理屈ではなく身体がダイレクトに感じるような音を出してみたり。

私はきっとgrapevineの楽曲の真の素晴らしさや、歌詞の言わんとしていることや、背景にある芳醇な音楽や文学の歴史、それに伴う諸々のことを理解できることはないだろう、と思うし、むしろそれでいいかな、とも思う。

会いに行けるアイドルではなく、grapevineは、永久に手の届かない、だからこそ憧れが尽きない、ストレンジと王道ど真ん中を飄々と行き来する、ロックンロールバンドなのだから。

私にとってgrapevineはそんなバンドだからこそ、最後の曲で、マイクに乗せることなくありがとう、と口を動かす田中さんを見た時、なんとも言えない幸福感が込み上げてきて。
手の届かないバンドが、ふと両手を広げ、君の味方はここで待ってるよ、と歌う時、全てを信じてしまえるような気持ちになれて。

今目の前で素晴らしい音楽が鳴っている、それを感じることが出来る心さえ持っていれば。それさえあれば、他には何も。


この多幸感を携えて、少しお酒を飲んだ後、また日々の暮らしに戻る。今日の続きだけど、今日とは少し違う明日へ。

今日の記憶はいずれ日々の暮らしに埋没してしまうだろう。だから、また私は、grapevineのライブを見に行く。grapevinegrapevineの形態を取り、音楽を奏で続ける間は、こんな日々を繰り返していければ、と願っている。

最後に一つだけバンドに伝わって欲しいことは、grapevineのライブで合唱するということの精神的障壁はちょっとやそっとのものではない、ということです。まあEraのコーラスは練習しますが。

中村佳穂/grapevine 3/1 赤坂BLITZ


素晴らしいライブでした。

2組とも最高だ、という前提で、音楽に良し悪しはなくとも音楽の才能と質の優劣は確実にあるのだな、という事を感じながらライブを観ていました。

中村佳穂はアルバムは持っていますがライブは初めて。

感想としては、凄いものを見たというか圧巻でした。

一曲目、これ何の曲だったっけ、と考えているうちにgrapevineのalrightの一節を歌い始めた中村佳穂。
その瞬間全身に鳥肌が立ちました。
ああ、才能とはこういうことなのか、と。

彼女が歌を紡ぐというよりも、歌が彼女に引き寄せられる感覚。
パッと思い出したのはZAZEN BOYSのライブでしたが、あちらはリズムを向井さんが統率している感じですが彼女はリズムを手のひらで転がしているというか遊ばせているというか。

とにかく小節に囚われない、リズムに乗せて歌われるのではなく彼女の歌を成立させるためにリズムが後から付いてくる、そんな印象を受けました。

最近私は遅くても高校生の時に終わらせておかなければならなかった、自身の才能のなさとどう向き合うか、という問題にぶち当たっていたのですが、彼女のライブを観ながら最高の音楽を聴ける幸福と同時に一種の絶望感を感じていました。
どんなに頑張って曲を作り、ツアーを重ねてもこの才能に触れることすら出来ないバンドが無数にいるのだな、と。

1時間に満たないライブは文字通り一瞬で終わりました。眩い才能に呼応するように最強の演奏を鳴らすバンド。
特にドラムが凄かった。凄いという感想しか出てこない。
バズるという浅はかな言葉は心底嫌いですが、こんな音楽を皆放っておく訳がない、絶賛されるのも当然の音楽でした。


ステージの転換時、私はこれまで見たgrapevineのライブを全て忘れてしまったような感覚に陥りました。

確実に食われる。
こんな圧倒的なステージに、後攻めのバンドは、grapevineはどんなステージをすればいいのか。

この時点で思っていたのは、わざと外したセトリを組み、ビールで酔っ払いながら自虐的なMCなぞ頼むからしないで欲しい、ということでした。
破れるにしても真っ向から、ロックバンドとしての姿を見せては欲しいという、まあ今日のライブが終わってみれば、何様なんだとしか言いようのない事を考えていました。
今までgrapevineの何を見てきたのかと恥じ入る次第です。

アルバム1曲目のアカペラをSEにgrapevineがステージへ。
この時点で中村佳穂を引きずりに引きずっていた私には、grapevineよりも彼女のalrightの方が響きました。

ただ、3曲目の「graveyard」で目が一気に覚めました。

なんて盤石な演奏。なんと美しいメロディ。
それはベテランの貫禄だとかファンの贔屓目などでは断じてなく。
というかベテランになればこんなライブが出来るのなら誰も苦労はしないでしょう。

天才メロディメーカーとギタリスト、そしてボーカルを擁するバンド、grapevine
赤いライトに照らされた彼らは紛う事なき最強のバンドでした。

私の大きな勘違いは、両バンドのドラムに力量差があるのでは、と思ってしまっていたことでした。
中村佳穂のドラムスは彼女に寄り添う為のリズムを、亀井さんは楽曲に寄り添う為のリズムを刻み。
それぞれのバンドに適した音が鳴らされていただけでした。

「雪解け」の荘厳さ。
「ミチバシリ」のイカれたアレンジ。
「heavenly」からの「豚の皿」で一気に意識が飛ぶ感覚。
「afterwords」は久々に聴きましたが、この曲か入っていたアルバム(twangsでしたっけ?)は何十回も聞いたな、と思い出しながらその演奏に浸り。
そしてトドメはこれぞ王道ロックバンドと言わんばかりの「fly」。

そして白眉は本編ラストの「すべてのありふれた光」、そしてアンコールの「光について」。

最先端の才能と感覚を持つ中村佳穂の前で、grapevineはしっかりと「歌モノ」の音楽が有する力を見せつけました。

「 君の味方はここで待ってるよ」と手を広げながら歌う田中さん。
そして「僕らはまだここにあるさ」と亀メロの中でも屈指の美メロに乗せられた言葉が、曲のラストのみでパッと照明が付くステージで発せられた瞬間に涙腺が崩壊。
こんなにも救われる、と感じることが他にいくつもあるでしょうか。

ライブで泣くのはチャットモンチーの武道館以来ですが、泣き止んだ後死ぬほど恥ずかしいのでそろそろなんとかしたい。

現在のシーンのトップで音を鳴らす中村佳穂に対して、十何年もの昔に生まれた曲が純度を一切失わずに鳴らされ、そして同時に現在生まれた曲が過去のイミテーションではなく確固たる輝きを有する事を証明してみせたgrapevine

紛れもなく天才である2組のアーティストのライブを見ることができて幸せです。


アンコールのラスト、中村佳穂を迎えて歌われた「KOL」には笑いました。
親戚の女の子にするような会釈をするアニキと、歌い出せば曲を一瞬で彼女のオリジナルにしてしまう恐るべきシンガー。

最後まで素敵な夜。凄いものを見させていただきました。


それにしても久しぶりにブログを更新しました。
酔った状態で書いた文はすべからく恥ずかしいものになっているので多分二度と見直さないでしょうが、今日からはもう少しライブの感想とかを書いていきたいです。

フジロック2018 回顧録 7/27(1)

カープが昨年を彷彿とさせる地獄のような負け方をしたので、フジロックのことを思い出して心を落ち着けます。
前夜祭の回顧録で更新止まってたし...


去る7/27、いよいよフジロック初日。
きちんと水平な固い床で眠れた効果か、かなりすっきり起床できました。もうテント暮らしには戻れませんな。

この日は始発で会社の同期が1人合流予定。
8時過ぎにはこちらに到着しました。そして宿泊する予定の独房を見てびっくりしておられました。
今日は彼にフジロックを満喫してもらい、あわよくば来年も誘えるようにすることも目的の一つ。
幸いヘブントップバッターのjizueというインストバンドが好きらしいので、そこから始めることにしました。

会場前、SHOP AREAで腹ごしらえ。
ケバブとビールで乾杯しました。

天気も快晴。この瞬間のために生きている、心からそう思える幸せな瞬間。
思い出しながら書いてるとだいぶ気持ちよくなってきました。フジロックの記憶はすごい。
CDを物色した後、いよいよ入場。

グリーンの後方でイスを組み立てまったり。
MONGOL800は最初に代表曲をやってくれたので嬉しかったです。
モンパチのボーカルを初めて見て、太めのおじさんでびっくりしました。
そりゃそうか、メッセージって2001年だもんな、と朝から少ししんみりしました。

数曲聞いてヘブンに移動。
金曜ですがかなりのお客がステージ前方に集まっていました。
jizueはシャレオツなインストバンド。いかにも同期(慶応ボーイ)が好きそうなバンドです。
初見でもノリノリで楽しめました。
帰ってきてからamazon musicでアルバムを聞き、私もすっかり好きになってしまいました。
また途中でゲストボーカルとして元ちとせが出てきてビックリ。朝からとてもいいものを見れました。
一人で行っていればまず見なかったと思うので、同期に感謝です。
あとこの時飲んだ梅スカッシュが最高においしかった。

同期を案内がてらアンフェアグラウンドへ移動。
まだ催し物的なものはやっていませんでしたが、数々のオブジェの前で写真を撮り楽しみました。
オレンジ何とかというビールを飲みつつ、Cafe De Parisで佐藤タイジをチラ見。
阿波踊りロックをやっていました。カッコイイ。
徳島県民の血が騒ぎ、ずっとテント外で阿波踊りをしていました。生暖かい目で私を見る同期。


ヘブンに戻り、楽しみにしていたOvallを鑑賞。
Winter Lightsが最高でした。
インストだし同期の彼にも気に入ってもらえるかと思いましたが横を見るとそんなでもない様子。
線引きが分からない...


ホワイトに移動し、PARQUET COURTSでも見ようと思いましたが、同期がアバロン前で行われていたコースター作りをやってみたいとのご所望。
まあ思い出にもなるしたまにはこういうのもいいか、と参加。
いつも投稿したらタオルもらえるやつとかごみ分別とか参加したことなかったので(ボッチ参戦だったから)新鮮でした。
完ぺきとは言えませんが焼き印を押して完成。
しかし私より先に始めたはずの同期はまだ未完了。
どうやら伐った木の表面を研磨する前に間違えて焼き印の列に並んでしまい時間を食った様子。
遠くからPARQUET COURTSの演奏が聞こえてきます。
まあこういうこともあるか、とゆっくり待つより他ありませんでした。


この後私はホワイトでエレカシ待機、同期はグリーンでサカナクション待機のため別行動。
PARQUET COURTSは最後の2,3曲は聞けました。Wide Awakeには間に合って良かった。
この日はともかく暑かったので、大塚製薬のブースでポカリやら水やらを補給。タオルももらえました。
エレカシまで時間があるからと大量購入した飲料が、この後非常に邪魔な荷物になるとはこの時点では思っていませんでした。

ALBERT HAMMOND JRも見たかったので、PARQUET COURTS終了後前の方に行くと、なんと3列目を確保できました。
まあ最前列はエレカシコーデのお姉さま方が大半でしたが。
この時点で15時過ぎ。
エレカシまで3時間、長丁場の戦いが始まりました。


だめだ、酔いが醒めてきてカープ敗戦の悔しさが再度こみ上げてきました。
台風クラブを寝落ちまでエンドレスリピートして、何とか今日をやり過ごすことにします。飛・び・た・い。

フジロック2018 回顧録 前夜祭編(2)

数万円をケチったことにより、他の部屋のようにきれいな和室ではなく扇風機が置かれた物置(どう考えても普段は物置に使われているとしか思えない部屋でした)に通された私でしたが、そんなことでへこたれている時間はありません。

手早く荷物を整理し、持ってきたタオルを片っ端から水浸しにしてハンガーにかけ、扇風機をぶん回し。
何本もの濡れタオルが風で揺らめく、独房で何かしらの宗教行事を行っているようにしか見えない絵ずらになりましたが、戻ってきたとき少しでも快適な温度になっていることを祈って部屋を後にしました。



6時過ぎに無事会場に到着。
私はライブに行く度に普段着にすら絶対使用できないようなTシャツを購入してしまう人間なのですが、フジロックでは物より思い出、と決めてあまりグッズを買わないことにしています(ただでさえ食費が嵩むし、一つ買うと他の物も際限なく欲しくなることが目に見えているからです)。
しかしこの日は岩盤で奥田民生のブルーレイを買ってしまいました。
先着でサイン色紙が付いてくると書いてあったからです。意志薄弱
早速予算オーバー気味になりながら、フジロックへの扉が開かれしゲートをくぐりました。



椅子を設置し、鮎の塩焼きを購入。
昨年までは塩焼きとビールのセットが1000円だった気がするのですが(記憶違いかもしれませんが)、今年は1200円でした。不景気だししょうがありません。
そしてお次は温玉ジンギスカン丼。
しかし美味しい。美味しすぎる。心が満たされていくのが分かります。
これが私のソウルフード、夏の全てといっても過言ではありません。
ただ相変わらず咳は止まらなかったので、なるべく人がいない隅っこの方で苗場音頭の開始を待っていました。


苗場音頭を踊って、かすりもしない抽選会で盛り上がって、花火を見て。
今年の夏に一片の悔いなし状態。この時点で私のフジロックの7割は終わりです。

前夜祭のライブアクトはキューバのバンドとロッカーズ、そしてモーサムトーンベンダー
モーサムトーンベンダー!!
最近は音源どころかライブすらしなくなったモーサムを苗場で見れるなんて!!
上がるテンション。

しかしモーサムの出番は最後。
自分の体調と相談した結果、泣く泣くロッカーズで切り上げることにしました。これは仕方ない。撤退する勇気が重要です。


でもロッカーズはカッコよかったです。
古き良きめんたいロックというか、歌詞になんの意味もない所が最高にいい。
余力を残したまま会場を後にしました。
帰る途中、カープの球団旗を掲げる集団に遭遇。いいけど何に使うんだろう、という疑問は2日目に解けることになります。


部屋に戻るとタオルはカピカピに乾いておりました。すごい温度&乾燥。
ただ来た時よりは部屋は涼しくなっており、何より帰ってすぐお風呂に入れるのは本当にありがたかったです。
また着替えもテントの中と違い無理なく行えるので快適度が段違いでした。
独房も捨てたものではありません。

体調が少しでも良くなることを祈りながら11時過ぎには就寝。
土曜に合流する予定の友人からどんな部屋?とラインが来ましたが、写真なんか送ると来なくなる恐れがあるのでやんわりとスルーしました。


これで前夜祭は終了。
いよいよフジロック初日がスタートです。思い出しながらテンションが上がってきました。明日も仕事頑張る。
ボブディランと台風クラブが最高すぎた、という所まで書くのはしばらくかかりそうです。

フジロック2018 回顧録 前夜祭編(1)

もうフジロックエレカシを聞いて1週間経ったなんて俄かには信じがたい。
与えられた喜びは消えるのも早いといいますが、たった数日働いただけでいつもの死んだような顔に戻ってしまうのは流石にまずい。
何とかフジロックの幸せな記憶を胸に長くつらい冬を越さねばならないのに、数日でこの体たらくでは先が思いやられます。
向こう半年の自分のため、幸せだったあの日々をいつでも思い出せるように、記憶を文字に起こしていこうと思います。


フジロックが始まる週の月曜日、朝起きると私は風邪をひいていました。
4泊5日の楽園を前に仕事を残すわけにはいかず無理やり出社(熱は無かったので)、無理やり仕事を片付けましたが体調は悪化の一途。
やむなく火、水と病欠することになりました。

病院に行くと、熱もなく風邪ではなさそういう診断で咳止めをもらって帰宅。後は寝るしかありません。
こんなに休んだら首になるんじゃないかという不安1割と、フジロックの前に体調を崩すなんてという絶望9割を抱えてベッドに横たわり、栄養ドリンクをがぶ飲みしていました。

木曜の朝、相変わらず咳は止まらずあまり体調が良くなっているようには感じませんでした。
この状態で、ただでさえ体力を消耗し、さらに台風直撃が予想されるフジロックに行くのは文字通り自殺行為に思えました。
普通に考えれば前夜祭くらいはやめるのが賢明な判断だと思うのですが、それだけはできませんでした。

なぜなら鮎の塩焼きとジンギスカン丼を食べビールを飲み、苗場音頭を踊って花火を見ることが大げさではなく私の夏の全てだからです。


重い体を引きずって早めに出社。案の定、火水の2日で仕事はがっつり貯まっておりました。
午後半休の予定でしたが流石にそれは無理で、飯も食わず黙々と仕事を処理。2時過ぎに会社を後にし、思い荷物を抱え駅へ直行。

越後湯沢行きの電車内では少しでも体力を回復すべく睡眠に専念。
車内にはちらほらお仲間と思われる方々の姿がありました。

4時過ぎ、越後湯沢駅到着。シャトルバス乗り場にはすでに長蛇の列が。
フジロックの空気を吸うことによる精神的昂ぶりで体調が回復するのでは、という淡い期待がありましたが体は重いまま。
ああ、本当に体調が悪いのか、と暗澹たる気持ちで30分待ったバスに乗り込みました。



ただ、なぜこんな体調で強行出発したかというと、今年は1つの勝算があったからです。
それは宿。
昨年のテントとは違い、雨風を防ぎ風呂に入りやすく固い床で寝られるペンションを予約していたので、最悪ここで寝てれば他の人に迷惑をかけずになんとかなるのでは、という思いがありました。
撤退の判断だけは潔くして、今の状態で楽しめる範囲で今年のフジロックを楽しもうと決め、バスを降りました。

青空が広がる苗場スキー場。
気温も下に比べればずいぶん涼しく感じました。

短い夏が始まるな、と咳でゴホゴホ言いながら色とりどりのテントで飾られた山々を眺めていました。


予約していた宿は会場から徒歩10分ほど。
一抹の不安としては、少しでもお金をケチるために「訳アリ:窓なし」部屋を選んでいることが少し気がかり。

確かに換気は難しそうだけど、毎年夜は冷えるから蒸し風呂にはならないだろうし、台風が近づいている今、むしろ窓が無い方がうるさくなくゆっくり眠れるのでは、とプラス思考を維持しながら坂を上り、ようやく宿にたどり着きました。
鍵をもらい、部屋のある4階まで肩で息をしながら階段を上り、ドアをあけ。


そこには「独房」としか形容しようのない部屋がありました。



ここまでで楽しい思い出は一つもないみたいですね。
まだ前夜祭すら始まっていませんが、悲しくなってきたので続きは明日にします。