壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

the MADRAS 12/16 新宿red cloth 備忘録

 好きなバンドがいつまでも活動してくれる、という期待が幻想であることを改めて突きつけられた年末。体調は依然良くならないが、またいつか、のいつかが来る保証はなく、マドラス3回目のワンマンに行くことにした。

 神田明神にお参りするため御茶ノ水へ。かつて常宿にしていたホテルがコロナ禍以降倍の値段になってしまい足が遠のいていた街。駅の改築は進み、また出口の場所が変わっていた。空は快晴、上着は必要ない気候だった。駅前では維新の会の政治家が朝から嘘八百を並べており気が滅入る。俯き加減のまま神田明神へ向かい、いくつかお守りを購入。
 これまで行ったことのない喫茶店に入りブレンドを注文。酸味が強くあまり口に合わず。近くの席に編集者と作家と思わしき2人が座っていた。やる気がある人は40ページを無償で書き下ろすよ、と嬉々として語る編集者の声が聞こえ、決定的に気分が悪くなる。どう考えても安い印税の話が終わり、そのテーブルは無言になった。どうか負けないで欲しい、と願いながら店を出た。
 先日September recordsで念願だったtheピーズ「Greatest Hits Vol.1」を購入し、正直もう欲しいレコードはほとんど残っていない。ただこんな気持ちのまま時間を潰す方法が思い浮かばず、フラフラとディスクユニオンへ。目的もなく棚の前をウロウロしていると、突然大好きな人の笑顔と目が合った。jonathan richmanの「I'M JUST BEGINNING TO LIVE」が面出しされていた。タイトルを小声で口に出す。なんて素敵な笑顔と曲名なのだろう、と涙が滲んだ。正直どうかしている値付けだし、これを買うことで次回更に値段が上がり世界がまた一つ悪くなることは分かっていた。それでも私は欲望に勝てず悪に加担した。ホテルに戻り、ずっとジャケットを眺めながら横になっていた。

 新宿のライブハウスというだけで怖くて仕方なかったが、大通り沿いに歩けばなんとか行ける場所にあることが分かり安堵した。散歩も兼ねてホテルから20数分、開演ギリギリにレッドクロスへ。50人程度の客入り。体調はいよいよ悪く、スペースもあるから最悪床にしゃがみ込んで見ようと思っていた。
 定時を10分程遅れてメンバーがステージに。数曲も経たないうちに、先の陰鬱な気分が嘘のようになくなり身体が軽くなる。ドラムに促され鼓動が早くなっていった。
 「カラーズ」「フェザー」「ベランダ」に顕著だが、2020年の初演に比べて橋本さんの歌が格段に上手くなっているように感じる。洗練に背を向け、拙さを心意気で押し通すのもバンドの美学の一つであると思うが、メロディーからはぐれないよう丁寧に音を紡ごうとする姿の方が私は好きだ。アレンジやギターの音色も毎回違うように思う。CDの再現ではない、その先を探し続けるバンドの誠実さを感じた。
 一方で不安と期待を纏った新曲の手探りさ、無防備さにも言葉に表せない良さがある。作詞としての作為性を全く感じさせない心情の吐露のような歌詞、そしてその歌詞と真逆の状態で言葉を絞り出す歌手。「センチメンタル」と題されたその曲はバンドの支配を離れ、形を掴ませようとはしなかった。完全さと不完全さの同居。バンドが転がるためには完成から遠ざかり続ける必要があり、そのために新曲は作られるのかもしれないと感じた。来年のバンドセットのライブ予定はまだ未定とのこと。楽しいだけで自然に続く程バンドは簡単ではないのだろう。終演後、ほぼDIYで制作されたというライブDVDとシャツを購入した。映像として記録が形に残ることは素晴らしい。

 もう好きなバンドのワンマンしか行くことはないだろう、と今回改めて感じた。精神状態の悪化もあるが、昔に比べてライブ中に不快を感じることが格段に増えてしまった。知らないバンドの知らない長く拙い曲を受け入れる余裕はなくなり、客から放たれる声援の形を取ったヤジを聞くたびに耳をふさいでしゃがみ込みたくなる。それが嫌ならライブに行かないという選択肢を取る他ない。音楽が好きなのではなく、好きなバンド以外はほとんど嫌いなのかもしれない、ということに気付いたコロナ禍の数年だった。だからこそ好きな音楽だけは大切に出来ればと思う。
 それと同時に、音楽が広がることの難しさも強く感じる。Twitterで次々と流れてくるおそらく良いであろう曲を聴くことは少なく、よほど好きな人のレコメンドでない限り重い腰は上がらない。この数年、高橋健太郎さん、松永良平さんとスカート澤部さん経由でしか知らない曲を聞こうとはしなかった。マドラスはとても良いバンドでもっと聴かれて欲しいと思うが、実際自分のような視聴態度の人が多いとすれば出会いは限られてしまうだろう。今回のワンマンもファンとしては適度なスペースがありとても良い環境ではあったが、いつも来ている人が今日も来ている、という比率が多いように感じた。自分が実践できていないことを願うのは身勝手だが、マドラスを好きな人が少しでも多くなって欲しい。
 そもそも論として何故そう願うのだろうか。自分が好きなものは他の人も好きだと信じきる程幼児性は残していない(と願いたい)し、自分の審美眼を示したいのであれば醜悪だ。良いものと商業的な成功がイコールでないのは自明で、広い会場はいくらでもありどれだけファンが増えてもゴールなどはないだろうが、それでも資本主義の枠から離れられない願いを持ち続けてしまう。マドラスのメンバーの笑顔が見たい、という理由は美化しすぎだろうか。とりとめないことを考えながら帰路についた。

 それにしても部屋が寒いホテルだった。さっきまでいた外より寒い。暖房もなかなか効かないし、閑静な商店街にしては結構な騒音もある。不思議だなと感じ一晩寝たが、チェックアウト前に窓から半分開いていることに気が付き愕然とした。浦安鉄筋家族の春巻と同じことをしているな、と力なく笑う他なかった。