壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

深浦康市九段指導対局 8/25 ねこまど将棋教室 備忘録

 全体力を使い果たし、信じられない疲労感があるが心は晴れやか。昨年10月以来となる深浦先生の指導対局、1年前はこんな気持ちでこの日を迎えられるとは思っていなかった。

 今日は指導対局と併せて、先日大仕事を終えた妻の代わりにお礼参りへ。待つしかできない私ですら精神的に限界、妻の不安や苦痛は想像を絶するものだっただろう。感謝と敬意を忘れずこれからの日々を過ごしたい。
 朝から疲れと緊張でフラフラ、満員の電車内でテスト前の一夜漬けよろしく矢倉囲いの棋書を読む。この1年、体調が優れた期間は正直なかったが、結局勉強はほとんど進まなかった。将棋世界次の一手がほぼ唯一の勉強だったがそれも何ヶ月買っていないだろう。まあもうこれくらいでは失望しない。私はそんな人間だと開き直る他ない。

 最初に向かったのは鳩森八幡宮。御守りが可愛かったためここでお参りしたのだ。真夏のピークは過ぎたようだが、冷房の効いた電車から出るとすぐに汗だく。日傘をさしていない人の方が少数で、スタンダードな装備にせざるを得ない気候となったことを改めて実感した。
 大部屋入院の妻に見せるため、音声ゼロテレビ電話をしながらお参り。その後改めて妻と息子用の御守りを選んだ。

 汗は止まらず追加で水を購入。飲んだそばから体外に流れていく。指導対局の1時間前に四ツ谷に到着し、会場近くの喫茶店で休憩。弱冷房だが快適、アイスコーヒーが体に沁みた。ふと顔を上げると店内に深浦先生がいらしたため再度汗が吹き出る。焦りながら再度棋書を開くが、脳が疲れてきたため早めに店を後にした。外の自販機で缶コーヒーを買い、それを首筋に当ててなんとか体温を下げる。

 今回の指導対局も厳かな雰囲気で始まった。駒を持つ手が震え、喉が異常に乾く。前回と同じく6枚落ち、戦型は一夜漬けの矢倉。囲い一辺倒にならないよう、先生の指し手を見ながら可能な範囲で陣形を組んだ。
 今回これだけは絶対にしようと決めていたのは、私の盤前にいる時以外の深浦先生をじっくり見ること。これはファンとしてキャーキャー言いたい訳ではなく、手が見つからず考えが空転し出して苦しい時、今私は深浦先生と盤を挟んでいるんだ、ということを忘れないためである。息が上手くできず、宇宙空間に放り出されたような気分になった時に先生の姿を見ることで、一人宇宙を漂っているのではないことを思い出せた。
 勉強をしていないなりに可能な範囲で丁寧に受け、ただ絶対に駒を後退させないよう強く意識した。前回頻発した受けにならない受けは減ったように思う。ちなみに棋譜は取っていない。前回トライしたが私には対局と記録の同時進行は無理だった。手番が回り、1筋に香と角を成る所までは進められた。ここで追い込む手が見つかれば、先生より少し早く王に迫れる。苦しく先が見えない、今振り返れば満ち足りた時間を過ごした。先生が2周しても手を見つけられない。やむなく3七の銀を中央に向け進めるが、攻めが繋がらないのは明白だった。駒を剥がされ、あっという間に受けなしになった。
 今日自分で自分を褒めたいな、と思っているのは、投了する前にもう一度考え、わずか数手ではあるが対局を伸ばせた点だ。序盤で垂れ歩を受けるために打った5八の歩をどかし飛車の横効きを復活させることで、ほんの少しだけ投了を遅らせることが出来た。意味はなくとも、見つけられた、納得行くまで考えられたことが嬉しかった。

 感想戦で、攻めを繋ぐことができたとしたらどの局面かを質問した。やはり分岐は角を成った後で、その反対側から持ち駒の銀を打って挟撃態勢にすれば手が繋がり、勝ちに大きく近づけたことを教えていただいた。挟撃、王の近くの金を狙う。結局基本のキができていないための敗戦で、勉強していないにも関わらず本当に悔しかった。持ち駒では届かないと判断して盤上の銀を上がる選択をしたので対局中にはどうやってもその手は指せなかっただろうが、届いたのか…と思うと悔しく、その場で寝っ転がりたい気分になった。

 指導対局後のサイン会待ち時間、体が重力を思い出し、抗いがたい疲労がのしかかる。本当に横になりたかった。手の先もなんだか痺れがあり、完全に脱水症状。充実した時間を過ごせたが、今の私には過負荷も過負荷だった。しかし将棋のいい所は、どんなに苦しくてもそれは将棋だけのことで、他の人生の苦しみがなど入る余地がない所だ。迷い探し続ける日々が答えになること、というマッキーの歌声が脳内で流れる。そして6枚落ちでこんな気持ちにさせて下さる先生の技術に改めて感服した。
 前回色紙に書いていただいた「前進」という言葉は、結果は伴わなかったがある程度自分の中で達成できた。今回は、産まれたばかりの長男の名前を揮毫していただいた。これを額に入れて飾り、いつの日か我が子に将棋を教えることができるよう、次こそは先生に褒めていだたけるよう、勉強をなんとか頑張りたいと思う。

 外に出てすぐ水を購入。飲んだそばから体外に流れていく。安産祈願の御守りを買ったもう一つの場所、神田明神へ向かうため中央線に乗る。ここも御守りが可愛かったのだ。涼しい車内、水の次は塩分を体が欲している。もの凄い飢餓感だった。お礼参りを早々に済まし、駅前の日高屋に駆け込んだ。肉野菜炒めセット、ダイエットのためのわずかな抵抗としてご飯少なめ、しかし十分な量が盛られていた。これまでで一番美味しい野菜炒めだった。一口頬張った瞬間、体全体にじわっと塩分が染み渡る間隔。トリップ寸前の気持ちよさ、あっという間に完食した。

 帰りの電車も混んでいたがなんとか座席に座れた。指導対局を振り返っての充足感と親になったという責任感及びアドレナリンによって、ここ最近ないほど心が軽やかだ。もちろんこれがずっと続く訳もないが、人生のセーブポイントと言うか、また思い出したい日が1つ増えたのは間違いない。家に着いた後、私が棋書を開くことを願っている。