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壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

ロックバンド自分史(2) ハイロウズ解散

 2004年9月1日、ハイロウズ8枚目のオリジナルアルバム「Do!! The★MUSTANG」発表。
私がリアルタイムで聞くことが出来たハイロウズ最初で最後のアルバムです。
 このころの曲で一番好きなのは、アルバム未収録ですが、シングル「砂鉄」のカップリング曲「ヤゴ」。
ヤゴの幼虫の見た目がすごい、ということしか歌っていないにも関わらず極上のカッコよさ。今聞いても最高の一言です。
 思えばハイロウズ後期は歌詞から意味やメッセージが意図的に取り払われ、ロックンロールのカッコよさのみが残った曲、という現在のクロマニヨンズにつながるスタイルになっていた気がします。

 そしてアルバム発売に伴い行われた全国ツアー「The★MUSTANG 04-05」で初めてハイロウズのライブを見ることができました。
日付はたしか高校の入学式の少し前、春休みだったよな、とうる覚えでしたが、wiki見たらツアー日程全部書いてました。すごい。
3/29(火) 徳島県郷土文化会館 が記念すべき人生初ライブです。
 さすがに一人で行くことは許されず、母親とヒロトファンの友人の3人で行きました。
ワクワクしすぎて開演何時間も前から会場のあたりをウロウロ。
物販でアルバムを1枚買うとメンバー全員のサインカードがもらえたため、2回並びなおして2枚もらいました。実家の勉強机に今でも飾っているはずです。

 あの日のセットリストまでは覚えてませんが、大好きな「即死」を演奏したこと、
ヒロトのMCで「徳島に着いてから、このあたりでおいしいものは何、って聞いたら御座候って言われた。それは岡山(ヒロトの出身地)にもあるんだよ」
って言っていたことを今思い出しました。

 しかし結成10周年の2005年、ハイロウズ解散するんじゃないか、といううわさがファンの集まる掲示板で飛び交っていました。
アルバムからのリカットシングル「スパイダー・ホップ」のカップリング曲「全滅マーチ」の
「点滅すんのがやっと」や「途切れ途切れ かがやいたことも 途切れ途切れ みんな なしなし」といった歌詞がハイロウズ解散を示唆しているのではないか、といったものだったと記憶しています。
 今思えば勝手に深読みしていただけなのですが、2003年にはキーボードの白井幹夫が脱退していたこと、またTHE BLUE HEARTSが10年目に解散していたことなどから、バンドが終わってしまうのではないかという不安にかられていました。

 そして11月12日の朝、この日のことは多分一生忘れないでしょう。
 この日は確か土曜日で、部活の練習試合があったためその準備をしながらテレビを見ていました。ニュース番組のスポーツ新聞ななめ読みコーナーで突然、ハイロウズという言葉が耳に飛び込んできました。
 「昨日11日、人気ロックバンTHE HIGH-LOWSが活動休止を発表しました。」

 父親に車で試合会場に送ってもらう間ずっと泣いていました。形あるものは皆無くなる、という当たり前のことを、愛するロックバンドの解散という初めての体験で身をもって知りました。親からすればなんてしょうもないことで泣いてるんだ、と思ったでしょうが・・・

 その後すぐヒロトマーシークロマニヨンズで活動を始めましたが、私はハイロウズほど熱心になれませんでした。その後はART-SCHOOL,syrup16g,GRAPEVINEといったバンドにはまり始めており、いつの間にかヒロトの歌を聞かなくなっていました。


 時は流れ2016年7月23日、場所はフジロック レッドマーキー。徳島のライブから実に11年ぶり、ヒロトの歌う姿を見ました。
この日のライブは本当に楽しかった。ロックンロールバンドがロックンロールを演奏する姿に我を忘れるほど興奮し、人のうねりに飲まれ最後はぎゅうぎゅう詰めの前3列目まで流されながら狂ったようにヒロトの名前を叫んでいました。もはや足は地面についておらず、心なしか平均年齢の高いオーディエンスの汗まみれになりながら。

 ロックの素晴らしさを教えてくれた人は、あの日と変わらず誰よりも楽しそうに歌っていました。きっとバンドの名前なんてあの人には何の関係もないことなのでしょう。

 ライブ終了後、人がはけたフロアに誰かの財布の中身が散乱していました。残った人で協力しながら持ち主を探し、無事見つかった時なぜか「ロックンロールって最高だな」と心から感じていました。酒で酔っていたのもありますが、こんな風に皆で助け合い、好きな歌を歌えば戦争は無くなるな、平和って最高だなと思いながらケバブをかじりました。
 私がライブ中に落とした帽子は戻ってきませんでした。