壊れる少し手前の永遠

好きなバンドについて書いていこうと思います。

台風クラブ「アルバム第二集」

第二集の名の通り、分かりやすいキャッチコピーでまとめる事のできない、あるいはそれを必要としない記録集。聴きながら思い出されるのは架空のノスタルジーでなく、自分の5年半の生活の事。大小様々な変化が起こり、未だ乗り越えられない苦しみを抱えたまま過ごす日々の中に、台風クラブの音楽がいつも流れていた。

曲中に出てくるのは、巡る季節の中で常に何かとすれ違い、通り過ぎてしまう人の姿。彼はその十全とは言えない毎日の中で、過ぎてしまった瞬間を無かったことにしたくないと願っている。歌詞に頻出する「思い出す」「覚えていたい」という言葉。懐かしむというより、そうしなくてはいけないという切実さがある。そのわずかな希望すら最後の曲「火の玉ロック」で「おれはいつも/いつか忘れてしまう」とひっくり返される。それでもそんなどん詰まり感は演奏の上で転がり始めればロックの高揚感を携えるのだから不思議だ。

時系列で言えば、「初期の台風クラブ」の次のリリースが「火の玉ロック」だった(カップリングの「遠足」にも「明日には忘れちゃうきっと」という一節がある)。そこから始まり、この5年半台風クラブは忘却への抵抗を続けてきたとも取れる。

また、様々な季節、時間での場面が歌われるが、夕暮れとセットになりやすい「秋」という言葉は出てこない。いかにもな分かりやすい「エモさ」を避けているのか、そんな穏やかな日の記憶はメロディに乗りにくいだけなのかは分からない。

私には「なななのか」イントロのあからさまなドラムしか把握できないが、他の曲にもどこかから譲り受けたパーツが散らばっているようだ。きっとバンドを転がすには、メンバーで音を合わせる時に皆で爆笑できる、演奏を更に楽しくするためのアイデアが必要なのだろうな、と感じる。真面目に「この曲はオアシスのドラムで始めましょう」「はい、分かりました」なんてやり取りがされているとは到底思えない。

一番好きな曲を選ぶ事は難しいが、繰り返し聴いた「下宿屋ゆうれい」「火の玉ロック」、そして私が行ったライブでは演奏していなかった「抗い」が気に入っている。

次に行けるライブは来週末の京都でのワンマン。これ以降、ライブに行かない生活が始まるという何となく、しかしどこか確定事項のような予感がある。せめてこの日は何も考えず、音楽を精一杯楽しめればと思っている。